東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2270号・昭37年(ネ)2478号 判決
証拠によると、被控訴会社は、昭和二一年六月一日控訴人大建(なお、右書証中には大光紡績株式会社とあるけれども、これは控訴人大建の旧商号であつて、現在の控訴人大光を指すものでないことは弁論の全趣旨に徴し明らかである)に対し、別紙第一目録(イ)記載の宅地並びに別紙第二目録(イ)記載(一)ないし(七)及び別紙第二目録(ロ)記載の各建物(これらが前記書証に所謂平塚工場に該ることも弁論の全趣旨から認められる)を、期間は右同日から向う三ケ年間、但し、三ケ月前の予告をもつて解約しうる、賃料は控訴人大建の経営上の収支を参酌して後日両者協議のうえ決定することとして、賃貸した(但し、原判決説示の理由により正式契約をなすに至らなかつた)ことが認められ、これに反する原審(第一、二回)及び当審証人夏川鉄之助の証言は措信するに足らない。もつとも、その後右両者間の協議による賃料額の決定が事実上遂になされていないことは控訴人らの争わないところであるけれども、そのことから、当初より賃料の支払が予定されながらただその決定が遅延していたに過ぎない右賃貸借契約が、当然に、無償使用の関係に転化したものとは即断し難いので、これをもつて使用貸借であるとする被控訴会社の主張は採用の限りでない。
(奥野 野本 直船)